箱庭文学

圧倒的駄文! 何気ない日常のこと、お仕事のこと、思い出話、与太話、妄想・空想など。

いつか「私」になる「誰か」

波打ち際

秋になって花火をしても別に構やしないでしょう。

なのに、まるで夏が終わるまでが「花火の消費期限」であるみたく、8月も終わりに近づくとスーパーは競い合うようにこぞって花火セットの大安売りを始める。

父は、そんな捨て売りされている花火を買い込んでは、小学生の私と兄を夜の浜辺によく連れ出してくれた。


晩夏の夜の海辺はひどく静かで心地いい。白昼の気忙しさは夜の底に沈み込み、豊かな閑静だけがただひたすら横たわっている。

体を掠める風には秋の気配が織り込まれ、寄り返す波の音は際立ち、空蝉は土に還るのを待っている。彼方で波に揺れる商船の灯は、目にとても優しかった。


夏らしくもあり、秋らしくもある。

そんなたどたどしい季節の海は、多少の寂寞を連れ立ちながら波立っている。

私たち3人は、そこに花火で少しだけ色を足す。キャッキャと声をあげてわかりやすく騒ぎながら、手持ち花火で空中に簡単な図形を描く。尾を引く光は、宵に溶け入って輪郭を失くした渚を、心ばかりに誘い出す。


簡易な打ち上げ花火の導火線に父が火をつける。

潮騒の間を縫って響く、「パンッ!」という乾いた破裂音。

夜空に広がった、いかにも安っぽい粗雑な光を眺めながら、父は「炎色反応ーーっ!!!」と叫ぶ。私と兄はそれを真似て、当時は意味もわからず「エンショクハンノーーッ!!!」と絶叫しながら、裸足で砂の上をはしゃぎ回っていた。


そんな、「花火を楽しむ」以外、ほかに特別あてもなく過ぎていく時間が、私はたまらなく好きだった。


*******


京都鴨川青空

「美里さん」という、とても大切な人がいる。

美里さんは大学の2個上の先輩で、憧れの人。私は誰かに憧れたりすることはあまりないけれど、美里さんはそんな数少ない人のひとりだ。


私が持っているものはことごとく持ち合わせていて、私が持っていたいと望むものも余すことなく持っている。私が見てきた風景はすべて見ていて、私がいつか見たいと願っている風景さえつぶさに眺め終えている。そんな「たおやかな超越感」を香らせる、知的で、格別な人。

もちろん本当に何もかも持ち合わせているわけではないのだけど、そう思わせるような、思わずにはいられないような、そんなどこか圧倒的な香気をまとった女性だ。

お酒が入ると始まる彼女の問わず語りは、あたかも借景のようで、彼女の価値観を拝借して覗く世界は、一から十までどれも大変美しく、私の知らない色で満ちていた。

世の中にはどれだけ抗おうとも憧れざるを得ない他人(ひと)がいることを、私は彼女で知った。


美里さんの生き方が、私を捉えて放さない。

誰かにわかってもらうように生きるのではなく、思うように生きたその生き様を誰かにわからせるような強い彼女の生き方が、私はどうしようもなく好きだ。

彼女の強さの前に立てば、何もかもがあからさまにされ、私の心は充実に向けて走り出す。


彼女と過ごした日々のすべてが、私にとっての幸福だ。


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そんな美里さんからメールがきた。

メールには、近々ベンチャーを立ち上げて独立することと、新規の事業計画の骨子案を実務レベルから精査して欲しい旨が淡々と書かれていた。まったくかわいげのない文面が、どこまでも私の憧れた彼女のままで、たったそれだけのことで心がたまらなくなった。


美里さんの力になりたい。

その一心に勝るものは何もなかったし、あるはずもなかった。深く考えることもなく、ぜひ引き受けたい旨の返信を送った。夏の初めだった。



メールのやり取りから数日後に郵送されてきた事業計画書(骨子案)に目を通す。

冒頭でプロジェクトの概要がまとめられていたが、それを一読した瞬間、胸を衝かれた。


押しなべて言えば、ビジネスアイデアというのは、すでに存在する「何か」と、それとは異なる「何か」の組み合わせのパターンに過ぎない。

なので、ビジネスアイデア自体はそれほど苦慮することなく生み出せる。肝要なのは、その数多く生み出したものの中から、期待値の高いものを選び取れるかどうか。


美里さんのそれには「未来」がちゃんとあった。

ファーストペンギン的な勇敢さと大胆さがありながらも、その実、それは現代社会の欠落点を補完するようなシステムで、何より「利益の追求」と「公共的価値」が併存しているのが良い。

読み込めば読み込むほど、その事業計画の細密さとすばらしさが浮き彫りになり、迫力をもって心に迫ってきた。



骨子案とは名ばかりの、完全性さえ感じる計画書を眺めながら、私はぼんやり「2歳差」を思った。

2歳。それは私と美里さんとの年の差だ。

「2年後、今の美里さんの歳になったとき、果たしてこれほどのものが自分に生み出せるのか」という問いが自然と浮かんできた。

「いや無理だろう…」という本音と、「できるに決まってる」という強がり。2つの想いが上滑りしながら、問いの上を繰り返し通り過ぎていく。


社会人になって、いろんなことを経験し、それらを私なりに解釈し、そして取りこぼさないようにと大切に獲得してきた。その上にある「今」を、私は悲観しない。昔できなかったたくさんのことができるようになったし、10代で抱いた目標を口にできるようにもなった。

過ぎた歳月で得た、そんなあれこれが糧となり、学生のときはどこか仰ぎ見るように話していた彼女と、今は何だか対等に話せる気になっていた。

しかしながらその思惑は、計画書を通じての彼女との対話で容易に崩れた。必死につま先立ちして美里さんをひとり近くに感じた気になっていた自分に気づいた。気づいたときには、つま先の痛さが「私」を嘲笑ってた。


必要なあれこれを拾い集めるように生きながら、それに費やしただけの時間が彼女にも等しく流れているという「当たり前」に思い至る。

無差別に平等な時の移ろいを背負いながら、目の前には「昔の縮まらない距離感」が手つかずのまま平然とあった。遠い日に憧れた彼女が憧れのままだったというだけなのに、そこに単純な悔しさとも違う何か釈然としない情感を覚えるのは、それだけ自分が自分自身に期待していた証しなのかなと、答えを持たない空虚な逡巡が心を埋めた。


*******


カフェチョコ

夏の終わり。

カフェで美里さんと会った。


7年ぶりの再会。彼女の開口一番は、「相変わらず大阪はごちゃごちゃしてるね」だった。

チョコレートピザとドリンクで味覚を喜ばせながら、7年の空白を埋めるように、身の回りの話や想い出話に耽る。


ほどよく時間が過ぎ、ドリンクが2杯目になったところで本題に入った。

テーブルに計画書を広げ、私なりの精査結果を話し出すと、美里さんから矢継ぎ早に質問が投げかけられた。途切れない問いの応酬に、私は自分が主体的に話しているのかわからなくなる錯覚に沈む。

記憶の美里さんとなんら変わりない当意即妙な様に、「あぁ…美里さんだな…」と気圧されながらも、負けじと言葉を紡ぎ出す。


喉の渇きと汗をかいたカップで時間の経過に気づいた。

じゃれ合うように喋って、喋って、喋り続けた時間は、あたかも大学時代の私たちの縮図のように思えてきて、たまらなく愛おしい。

瞬く間に過ぎた「濃密な3時間」を慈しみ、そしてふたりで目を合わせて笑った。



大阪駅水の時計

カフェをあとにする段になって、「これ、相談にのってくれたお礼ね」と美里さんは謝礼を差し出してきた。

謝礼の件はメールにも記載されていたけれど、端から断る気でいた。コンサルや市場分析は半ば私の趣味のようなものだし、何より「美里さんからお金を取る」という行為が私にとってはむず痒いものでしかなかったからだ。


「受け取って」「受け取れません」の押し問答が何回か続いたあと、美里さんは顔をしかめてカフェの天井を眺めた。わずかな時間で美里さんの視線は天井を外れ私に戻り、こう言葉を続けた。

「ふーん。そっか。ゆきちゃんの今持ってる知識や経験って、そんな簡単にタダであげてしまえるものなんだ? その程度のもの? 違うよね? 自分の能力を自分で台無しにしちゃうって、虚しいと思わない?」

咎めるようなセリフを、諭すような調子で言う美里さん。

本懐はかすみ消え、言うべき言葉も探し当てられず、美里さんの手元と空になったカップを交互に見るだけの私に、美里さんはさらに言葉を重ねた。

「これまでゆきちゃんが担当してきたクライアントさんたちがこの状況を知ったらなんて思うかな。私たちはお金を払ったのに、なんであの人はタダなのって怒るんじゃない? 後ろめたいことを作らずに、これまでのクライアントさんたちに胸を張れる自分であり続けることが『信頼』だって私は思う。これ(謝礼)受け取ってくれないと、私、社会人としてのゆきちゃんを心から軽蔑しちゃうけど、それでもいい?」


彼女の理知的な言葉を受け、心の錯綜が嘘みたく解きほぐされていくのを感じた。

私は美里さんに「私が憧れた彼女」であることを求め、でも美里さんは、私に友ではなく「仕事のパートナー」であることを求めてた。

私は「遥か前のふたりの面影」をいまだ追っていて、でも彼女は「今だから築ける関係」であることを望んでた。

私はいつかの「昔」を歩き続けていて、でも彼女は目の前の「今」を走っていた。



いつだって私は、私の人生を「私自身の選択と決断」で歩むことを望む。

唯一自由を許された「私の人生」なのだから、私は私のしたいようにしたい。

でも自らが選んだ道とは言え、ときに思索が立ち遅れることがあれば、自分の至らなさや無力さに途方に暮れることもあった。

その都度、たとえば美里さんのような「大切な誰か」の生き様や考えや言葉に導かれながら、何度も私は生まれ直した。人生で行き詰るたびに、「私の考え」は大切な誰かの手を借りながら幾重にも塗り替えられ、ときに自分自身も気づかぬうちに何度も私は生まれ直し続けてきたんだろう。

今当然のように持っている「この考え」も「あの考え」も、もっともらしく話している「この言葉」も「あの言葉」も、初めは私のものなんかじゃなく、誰かからの贈り物だったのかもしれない。

私は「私自身」でありながら、同時にこれまで巡り会えた「大切な誰か」でもある。それはこれまでもそうだったし、きっとこれからもそうなんだろう。


「心から軽蔑しちゃうけど、それでもいい?」

私にはとても言えそうにない言葉を、躊躇なく凛として言う美里さん。

その言葉の残響を心に覚えながら、私の中に「愛おしい美里さん」がまたひとり増えた喜びを噛みしめた。この美里さんは、たぶんいつか「私」になる美里さんだ。



謝礼を受け取ると、美里さんは「ありがとう! はぁ~、これで私もゆきちゃんのクライアントになれたね♪」と言って、白い歯を覗かせながらかわいく笑った。

少なくとも私にとって、「誰かに憧れる」というのは、自由さと不自由さの両方を与えてくるものだけれど、「誰かに憧れることができる」という事実は、その不自由さを引き受けても構わないくらいすばらしいことだと、私の中で美里さんが告げていた。そんな笑顔だった。


*******


打ち上げ花火

カフェを出たあと、ふたりで花火を見た。


街の往来は止んで、熟れすぎた「日常」はあからさまに暮れを急ぐ夏に溶けていく。

一時の凪さえ許さない色なき晩夏の風に、髪と袖が遊ばれる。

遠く弓なりに続く渚に、引く波を追いかけ寄せる波に逃げ帰る影を見た。


折々の色彩と明滅を抱く空に、私は「炎色反応ーーっ!!!」と叫ぶ。

それに笑う美里さんの横顔を、打ち上がっては振り落ちる光が連れてくる。

花火の艶麗な曲線を心でなぞりながら、私は「今日思ったこと」を想った。


なんだか、「欲しいもの」と「欲しかったもの」のすべてがある気がした。

「幸せ」を約束しそうな空だった。

この夜のすべてがずっと続いてもいい、と思った。


私の夏の終わりだった。



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