箱庭文学

圧倒的駄文! 何気ない日常のこと、お仕事のこと、思い出話、与太話、妄想・空想など。

ゲーム実況見て終わっていく今日は、昨晩絶対に確定申告の準備を終わらせると誓った私の明日

確定申告平成30年度

私、すごくB'zが好きでしてね。

で、今日会社の自分のデスクで、何の気なしにB'zの『イチブトゼンブ』を軽く口ずさみながら仕事してたら、

私の歌い上げるイチブトゼンブがあまりにもご機嫌だったのか、歌声に合わせて気の知れた同期の奴らはハミングを、後輩ちゃんは手拍子を始め、後輩くんは指笛を吹き鳴らし、上司たちはリズミカルに足で床を踏み鳴らし出し、

挙句の果てには、耳をすませば天沢聖司のおじいちゃんと愉快な仲間たちが楽器を弾き語りながら部署の入口からサプライズ登場したりするもんだから、

気がついたら私は椅子の上に立ち上がって、ペンをマイク代わりに「それだけでいいのに~♪♪♪」って熱唱しちゃったりなんかしたらどんだけ楽しいことでしょうねぇ…(遠い目)。

 


まあね、みなさん名探偵なんで、「指笛の後輩くん」あたりで(あれ!?)ってなって、「天沢のおじいちゃん」あたりで、(あぁ、ゆきの野郎またやりやがったな…)ってなったとは思うんですけど、

私が伝えたいのは、そんな妄想をしちゃうくらい部署内の雰囲気がすごくいい!ということ。

たとえばこの前なんか、3時のおやつ用にって冷やしといたわらび餅を給湯室に取りに行くと、後輩3人が超楽しげにお喋りしてたんで、「何話してるん?」って軽く声かけると、「あ…っ!ゆきさん…。な、なんでもないですよ、ハハハ…」とドギマギしながら給湯室から出ていっちゃいましてね。

はは~ん、さては3人して私へのサプライズパーティー企画してるな♪♪♪って自分騙しながらでも前を向けるくらい非常に和気あいあいとした職場なんですよ。

ほかにも、親知らずを抜くってなって不安な表情してる後輩に、「シケたツラすんな!!海南が見てるぞ!!」ってゲキ飛ばしたったんですけど、後輩「カイ…ナン?」ってなって、近年稀に見るくらいの勢いでジェネレーションギャップ感じておちこんだりもしたけど、私はげんきです。



そんな風通しのいい職場なんで、バレンタインデーの盛り上がりときたら、それはもうものすごいものがありまして。

ただ、バレンタインデー前日、思うところがあり、私はツイッターの方に次のようなつぶやきをしました。




結論から言えば、「革命」は起こらなかった。

私のバレンタインは、「何もない平凡な1/365」として終わっていった。


「革命」は滅多なことじゃ起こらない。起こらないことを前提にしているからこそそれは「革命」となり、民衆から「奇跡」と称えられるのだろう。

そんな「当たり前」が私の身体を巡り、刻まれていった。まるで夜の闇に目が慣れていくかのように、ゆっくりと。



好き好んで手を伸ばした「寂しさ」に後悔はないけれど、その寂しさを好きになれずにいるのはなぜだろう。

不意に去来した疑問を等閑に、世界は隔絶を急ぐ。

社会から無慈悲に切り離されていく、滑稽な自分がいた。もはや手の施しようのない無抵抗さに、心はその色を鉛のそれに変えていく。ただ、冷たい感覚だけがあった。


痛くはなかった。けれど、健全でもなかった。

酒の量が増えた。呑んだ酒はそのまま涙に変わり、どうしようもなくて、目から溢れた。

喜びも怒りも哀しみも楽しさも、それら一切が音もなく自分の中から死んでいくのを、独りただ部屋で見送っていた。



コンソメパンチゲーム実況

私を置き去りにして、それでも世界は秩序立って回っていく。

時計の止まった私を、世界は何事もなく、平然と、さも当たり前のように、未来へと運ぶ。夜の縁に立ち、そこから転げ落ちるように朝を迎える。そんな日々を一体いくつ越えただろう。


ある日、やはりその日も生産性なんて何もなく、「生」さえも明白に空虚で、生きることにだらしなく、そしてあまりにも不器用で、だからただボーっとYouTubeでゲーム実況を眺めていた。

コンソメ味のポテチを食いながらYouTubeでゲーム実況見まくって終わっていくその日は、前の晩に「明日こそは絶対に確定申告の準備を終わらせる」と誓った私の明日だった。

でももうそんなことはどうだっていい。そんな些細な、取るに足らないことなど、もういいんだ。

時の移ろいに、おもしろいほど無頓着になっていく自分が怖くもあり、心地よくもあった。

終わりの始まりに、私は立っていた。



姪っ子バレンタイン

街がまた暮れていく。

夜の縁へ向かおうかと思案を始めた折に、家のチャイムが鳴った。

来訪は、兄と姪っ子だった。


玄関のドアを蹴破る勢いで入ってきた姪っ子の手には、手作りのチョコクッキー。

息を弾ませ、満面の笑みを添えながら、「おくれてごめんね!バレンタインだよ~♪いつもあそんでくれてありがとう!ゆきちゃん大好きだよ!」と言う姪っ子に、私は何も返す言葉を見つけられずにいたけれど、どうしてか、とっくに流しきって枯れ果てたはずの涙がこぼれた。何度も、何度も、何度も、こぼれ落ちてしかたなかった。

頬に不格好な軌跡を描くそれに、姪の小さな指先が触れてくる。「ゆきちゃん?おなかいたいの?」と首をかしげる姪っ子を強く抱き寄せ、これまで交わしたどれよりもやさしいキスをした。


感情が「泣け」と言っていた。滅したはずの感情が、まだ残っていてくれたことが単純に嬉しかった。感情にせかされるがままに、私が私であるために、私は泣いたんだ。


「パパ、ゆきちゃん、ちっちゃい子みたいにないちゃった」という言葉が部屋にやさしく響く。

少し離れたところに立つ兄は、「大人だから、泣くこともあるんだよ」と答え、少しだけ笑った。



私には姪がいて、そして兄がいる。

まだ生きてもいいんだ、と思った。生きたい、と思った。


落日の茜色に部屋は満たされ、バルコニーでは遅咲きのカトレアが春風に揺れている。

何気ない日常が、本当に何気なく「そこに」あってくれることの幸せを思った。


私は今、生きている。



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